2009/04/27
世田谷の大家さん
私が世田谷に住んでいた時の話である。
壁を共有した隣の家に、大家さんが住んでいた。
大家さんは80代の女性で、子供達は既に巣立ち、夫に先立たれ、現在は独りで暮らしている。
彼女は世田谷の閑静な住宅街に一軒家を持ち、趣味は油絵と庭いじりという、品の良い女性であった。
私は普段家に居ることが少なかったが、休日に何度か大家さんの庭いじりの手伝いをしたことは大切な思い出である。
ある冬の夜、大家さんは、娘に年末年始は娘の家で過ごさないかと誘われていることを、私に話してくれた。
しかし大家さんは、自分がもう年なので、これまで暮らしてきた家でゆっくり過ごしたいとも漏らしていた。
そして寒空の下、白い息を吐きながら、大家さんは私に一句詠んでくれた。
「独り居の 湯浴みの窓や 冬銀河」
次の日の朝、私は大家さんの浴室の窓から明かりが洩れ、湯気が上がっているのを想像しながら、家を後にした。