2009/10/26

ラジオ体操

毎朝8時に職人達と一緒にラジオ体操をしている。
急な坂を上がった高台に位置するここからは、山と校舎と空以外は視界に入らない。
ある日大きく息を吸いながら胸を反らす時にふと空を見上げると、いつも同じ時間に同じ方向へ飛行機が飛んでいるのに気づいた。
それは東から西へ向かっており、富士山の上を音もなく通り過ぎていく。
おそらく羽田空港か成田空港から関西方面、もしくは海外へ向けて、勢い良く出発したばかりの飛行機であろう。
かつて私はその飛行機に乗って海外へ何度も出掛けた。飛行機の中から大地を見下ろしていたあの当時は、日常の世界から解放される喜びに充ち満ちており、そこにラジオ体操をしている人たちがいるなど知る由もなかった。その姿は蟻より小さいのである。
今後あの飛行機に乗るようなことは無いかも知れない。
そう思うと急にあの日常からの開放感が恋しくなるものである。
しかし飛行機に乗った鳥のような私と、地面で這いずり回る蟻のような私の、どちらが良いかは誰にもわかるものではない。当然それを問うことなど全く意味のないことである。
私にとって意味があるのは、その両方の目を経験することが出来たということであり、大切なのはその両方の目を持ち続けて居られるかということではないだろうか。
そんなことを考えていると、もうそこには飛行機はなく、蟻のように見えていた私自身は、元の等身大の人間に戻っていた。
そして山と校舎と空だけが、変わらずに存在していた。